王子様とらゆ

おうじさまとのまいにち

ヘンリー王子本編第15話SHプリンセスになる魔法10

「キミが好きだ! 冗談なんかじゃない」


「ペットとしてでもない、利用できる妖精駒だからでもない……」


「信じてくれるまで、何回でも、何万回でも言い続ける……」


「……」


もう、涙を堪えることができなかった。


目の前に、見たこともない必死な表情のヘンリー王子がいる。


彼の深く青い瞳も、彼の金色の髪も、彼の甘く低い声も、その全てが愛しくて涙を止めることができなかった。


「……愛してるんだ、らゆ」


その言葉とほぼ同時に私はヘンリー王子の腕の中に飛び込んだ。


「……!」


ヘンリー王子は、私を受け止めると、その両腕で力いっぱいに抱きしめた。


「もう……離してなんか、やらない……」


耳元で、甘く掠れた声で囁かれ、私はその胸の中でコクコクと何度も頷いた。


「何だ……キミも……俺のこと、忘れられなかったんじゃないか」


少し勝気なその声に、私は抗議するように顔を見上げた。


「何を証拠に……」


ヘンリー王子はクスッと笑うと、しなやかな指先を私の首に伸ばして、細く繊細な鎖を指ですくった。


「ここに、証拠が……」


「あ……」


それは、フィリップ城を出てから片時も離さずに身につけていた、ヘンリー王子からの初めてのプレゼントだった。


「でも、これはもう、必要ない……


「え……どうしてですか?」


「キミは……ペットじゃなく、プリンセスになるんだから」


「……!」


瞬間、甘く情熱的な吐息に、唇を絡め取られる。


やわらかく艶やかかその唇に、何度も吐息を塞がれては、息もできないほど深く深く求められた。


やがて唇が離れると、ヘンリー王子は少しだけ意地悪な笑みを浮かべて私を見つめる。


「やっと……捕まえた」


「もう逃がさないから……覚悟してて?」


「……」


私が返事をする間もなく、再び唇は塞がれる。


甘くとろける媚薬のようなキスに心を奪われ、私の意識はだんだんと遠くなっていく。


どこか彼方から聞こえる街の人たちの歓声に……私たちが気づいたのは、ずいぶん後になってからのことだった。


つづく



ヘンリー王子本編第15話SHプリンセスになる魔法9

「キミが大量のレシピ集なんて置いて行くから……」


「料理長が、毎朝、気を利かせてキミのレシピでパンを焼く」


「……」


「厨房から、小麦粉とバターの香りがする度に、俺はキミを思い出す……」


「もしかしたら、焼いているのはキミなんじゃないかと、毎朝、期待しては落胆する……」


「……」


「キミと過ごした時間……」


「キミが言うように、確かに小麦粉とバターの香りの中には幸せの神様が住んでいるのかもしれないと思った。けど、違った……」


「……」


「俺の幸せの神様は……小麦粉とバターの香りがする、キミの中に住んでいたんだ」


「どうして……そんなこと……」


ヘンリー王子はピタッと立ち止まると、小さく息をついた。


「好きだから……」


「え……?」


「決まってるだろう……キミが、好きだからだ!」


街中に聞こえるくらいの大声で叫ばれたその言葉に、私の頭は真っ白になる。


(今、何て……)


「ねえ、今のって……」


「愛の告白……!?」


周囲の声に、私はハッと我に返る。


「そんな……大声で、冗談は止めて下さい。周りに人だっているんですから……!」


「……本気だ」


「……」


「誰に聞かれたっていい……何度だって、叫んでやる」


「……」


(私……夢を見ているの……?)


(会いたさが募って……幻覚を見ているの……?)


つづく


ヘンリー王子本編第15話プリンセスになる魔法2

気持ちの焦るまま、城の階段を駆け下りて、玄関に向かおうとしたその時、ヘンリーの目の前に国王が立ち塞がった。


「父上……」


「どこへ、行く気だ……?」


「らゆを……連れ戻しに参ります」


「その必要はない


「……?」


「お前とらゆさんが、どういう取り引きをしたかわからぬが、らゆさんは充分な報酬は既に受け取っていると……」


「こうして、私と新たなる取り引きをした」


国王が目配せすると、側近の1人が1枚の契約書を広げて見せた。


「ここにある通り、らゆさんは今後このフィリップの城には立ち入らないと約束してくれた」


「今回の不正事件で注目を浴びた彼女と、お前のことを面白おかしく噂してありもしない関係を記事に書かれてはお前の将来にもキズがつく」


「らゆさんはそこを充分に理解してくれた」


ヘンリーの手から、ハラリとらゆのメモが床に落ちた。


そして、ヘンリーはその場に力なく膝まづいた。


「……!?」


ヘンリーはそっと床に落ちたメモに手を伸ばし、小さく呟いた。


「違うんです、父上……ありもしない関係なんかじゃない」


「俺は、彼女を……」


「ヘンリー……?」


「俺は……まだ彼女に、何も伝えていないのに……っ」


ヘンリーの手には、らゆがあの万年筆で書いたメッセージがあった。



『ヘンリー王子の傍にいられた時間は、私にとってかけがえのない宝物です』


『ラッシーは……あなたに選ばれて、本当に本当に幸せでした』


『数えきれない幸せな時間をありがとう』


『どうか、あなたの夢がいつか叶いますように……いつまでも、遠くから祈ってます』


「らゆ……っ」


「……」


今まで見たことも無い、息子ヘンリーの取り乱しように、国王は息を呑んだ。


そうして、初めて2人を繋いでいた強い絆の存在を悟ったのだった。


つづく

ヘンリー王子本編第15話プリンセスになる魔法1

翌朝――。


カーテンから差し込む眩しい朝の光で目を醒ました。


傍らには規則正しく寝息を立てているヘンリー王子がいた。


私は愛しい気持ちでいっぱいになり、白い頬に散る金色の髪にそっと手を伸ばした。


(ヘンリー王子の腕の中で、時間が止まればいいと願ったけれど……)


(やっぱり、朝は来るんだよね……)


私は、ヘンリー王子を起こさないように、そっとベッドから起き上がる。


すると、私の枕元にカードと共に置かれていた小さな箱の存在に気がついた。


(これ……いつの間に……?)


見るとそこには、ヘンリー王子の少しだけ右上がりの几帳面な文字が書かれていた。


その文字を目で追った瞬間、私の瞳から涙が溢れた。


「……」


カードの横に添えられた小さな箱を開けると、ヘンリー王子の瞳と同じ青色の石で小さな花を象った指輪が入っていた。


「もう……最後のお別れなのに……どうして、こんなことするの……」


私はカードと指輪を胸に抱きしめて、声を殺したまま涙を流した。


明け方に目を醒まし、らゆの枕元に指輪を置いたヘンリーは、再びまどろみの中に落ちていた。


ほんの少しウトウトするつもりが、らゆの傍らで心地のいい安心感に包まれて、いつの間にかグッスリと眠ってしまっていたらしい。


何度か瞬きをすると、ヘンリーは隣にらゆがいないこと気がついた。


「らゆ……?」


身体を起こし、部屋を見渡すがらゆの姿がどこにもない。


「らゆ……!?」


もう一度、その名を呼んで、ヘンリーはサイドテーブルの上に小さなメモを見つけた。


その横にはらゆの枕元に置いたはずの指輪の箱も残されている。


「!」


ヘンリーは弾かれたように立ち上がり、慌てて身支度をしながらロイドに電話をかけた。


「ロイド……! らゆを……らゆを探してくれ」


「それから、車の用意を。すぐに空港に向かう」


ヘンリーは用件だけ伝えて電話を切ると、その表情を歪めて小さく呟いた。


「どこにも行くなと……言ったのに……」


そして、すぐに部屋を飛び出した。


つづく


ヘンリー王子本編第14話さよなら王子様10

ヘンリー王子は、黙り込んだまま長いまつ毛を伏せた。


私は、間が持たなくて……そして、これ以上、笑っているのが辛くなってしまう。


「それでは、失礼します」


私は、ペコリとお辞儀をすると、逃げるように部屋の扉へと向かった。


そして、ドアノブに手をかけたその時、私の手にひんやりとした指先が重なる。


(え……?)


ノブにかけた手の動きを封じられて、振り返ろうとした瞬間に背中から抱きしめられた。


清潔感のある、それでいて甘く温かみのあるあの香りに包まれて、私の心臓は制御不能なほどに高鳴ってしまう。


「ヘンリー王子……?」


「行かないで……」


「……」


「研修なんて、行かなくていい……これは、命令だ」


「……」


「もう……離したくない。キミを……どこにも、行かせたくないんだ……」


(また……いつもの冗談……?)


私は、ヘンリー王子の腕の中で、ゆっくりと身体の向きを変えると、ヘンリー王子の顔を覗き込んだ。


そこには予想もしていなかったほど、切羽詰まった表情のヘンリー王子がいた。


青く深い瞳が切なげに揺れて、私は胸の詰まる思いで息を呑んだ。


(そっか……)


(こんなに、胸が苦しいのは……)


(この気持ちを、まだ伝えていないからなんだ……)


私は、目の前で揺れる青く澄んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「好きです……ずっと好きでした」


「どこにいても……私、ヘンリー王子の夢を、ずっとずっと応援してます。だから……」


瞬間、ヘンリー王子の長い指先が頬に触れて、その艶やかな唇で呼吸を奪われた。


甘く情熱的な吐息に何度も呼吸を奪われ、私の意識は朦朧としてしまう。


(好き……)


(この人が、大好き……)


私は、何度も繰り返されるキスを受け入れるように、そっとその背中を抱き返した。


全てを捉えて離さないというように、ヘンリー王子の唇は尚も深く深く私を求める。


(神様……今日だけ……)


(今夜だけ……)


(自分の気持ちに素直になることを、許して下さい……)


私たちは互いを求め合うように、何度も抱き合って、何度もキスを繰り返した。


溢れだした感情を、もはや止めることなどできなかった。


夜の静寂の中に、互いの鼓動と温もりだけを求めて、私たちは感情の海へと深く深く沈んでいった。


つづく


ウィル王子本編第8話王家の確執2

「……じゃあ、また後でな。ウィル、らゆさん」


ティーヴさんは、フッと微笑むと、私達に背を向けて歩き出していった。


「あ、そうだ。ひとつ、言い忘れた……」


「……」


ティーヴさんが私達の方へと振り返り、人差し指を立てた。


「ウィル。お前のそんな顔、初めて見たよ」


そう話すスティーブさんは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。


そして後ろ手に手を振って、去って行ってしまった。


「あの方が……お兄さんだったんですね」


「……ああ


私がつぶやくと、ウィル王子が短い言葉を返す。


ウィル王子は、困ったような顔を浮かべ、小さく息を吐いた。


「俺の部屋、くる?」


「部屋……ですか!?」


(ウィル王子の部屋……?)


(……どうしたんだろう?)


「行こう」


私が、返事できずにいると、ウィル王子が部屋へと向かって歩き出していった。

 

洗練された家具や調度品が、主張しすぎない程度に並ぶ、ウィル王子の自室。


部屋の中はどことなく無機質で、自室というよりは、書斎のような印象があった。


(余計なもので飾ってなくて、ウィル王子らしい部屋だなぁ)


私が小さくなりながらソファーに腰かけていると、メイドさんが、手際良くテーブルの上にティーセットを並べていく。


「失礼、致します……」


「ああ。ありがとう」


扉が閉まった途端に訪れる沈黙。


私は気まずさを隠すように、紅茶を口に運んだ。


(王子様の部屋に招かれる……)


(良く考えたら、すごいことのような気がする)


私が、遅ればせながら緊張していると、ウィル王子が私の隣に腰を下ろした。


そして、長いまつ毛を何度か瞬かせて、私の顔を覗き込んだ。


「な! なんですか!?」


「スティーヴのこと、聞きたいんじゃないの?」


「えっ?」


つづく

ウィル王子本編第8話王家の確執1

「いるけど。今は、いない……」


“ご兄弟はいらっしゃらないのですか?”


私の質問を受けて、ウィル王子の表情に影が宿った。


(あの返答には、一体、どういう意味があったんだろう……?)


「お兄さん、だったんですか……」


(だけど……ウィル王子の兄であるスティーヴさんが、どうして、セシルさんと一緒にいたんだろう?)

(それに……セシルさんは涙を流していた)


私はつい先ほどのできごとを思い返しながら、スティーヴさんをそっと見上げた。


「まあ……。兄だと思われてないかもしれないけどね」


(言われてみれば……。久しぶりの再会っぽいのに、感動の対面って感じじゃない……)


ティーヴさんが自嘲気味に笑うと、ウィル王子が少しつらそうに目を伏せた。


そして、ウィル王子は私を背中に隠すと、突き放すような眼差しでスティーヴさんを見つめた。


「何しにきた? 今更……」


“今更”その言葉に、深い意味が宿っているように感じる。


ティーヴさんはウィル王子の眼差しをかわすように、肩をすくめた。


「ちょっと、王妃に呼ばれてね。ウィル、お前、何か問題でも起こしたか?」


(問題……?


(ひょっとして、私のことじゃ……)


ここ最近の様々なできごとがフラッシュバックする。


ウィル王子たお城を抜け出したこと。

クレープを食べに出かけたこと。


おとがめを受けるようなことに、思い当たる節があまりにも多い。


「俺はスティーヴじゃない。問題など……」


「そっか……そうだよな」


ウィル王子が吐き捨てるようにつぶやくと、スティーヴさんが自嘲気味にフッと微笑んだ。


「確かに、ウィル、お前はいつだって、この国の為に必要なことだけをしてきたもんな」


「スティーヴ。らゆの前で、それ以上口を聞くな」


突き刺すような眼差しで、スティーヴさんをにらみつける、ウィル王子。


一瞬、空気が凍りつく。


(ウィル王子とスティーヴさんの間に……、一体、何があったというの?)


つづく